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Q&A 採用内定(及び内々定)に関する労務問題について~採用内定取消しを行う場合の注意点~

内定取り消し

本コラムでは、企業が、採用応募者に対して内定通知(又は内々定)を出した後に、当該内定通知を取り消す場合の、法的リスク等について、以下の設例に沿って説明します。(なお、以下設例はあくまで架空の事例であり、個別具体的な事案においては判断が異なる可能性がございますので、ご留意ください。)

Q 相談内容

私は人事部で採用担当です。

弊社へ中途採用枠で応募されたAさんについて、選考過程が完了し採用内定通知を出しました。

その後、Aさんの前職の上司を通してリファレンスチェックを求めたところ、Aさんの職場での評価が低かった(勤務態度が悪い、業績評価が悪いなど)ことが発覚しました。

そのため、Aさんの採用内定を取り消したいと考えていますが、このような内定取消は違法でしょうか。また、違法だとすれば、どのようなリスクが考えられるでしょうか。

A 回答

一般に、会社が求職者に対して採用内定を出した時点で「解約権留保付労働契約」(内定取消事由による内定の取消しをする権利を会社が持つという留保付きの労働契約)が成立すると解釈されています。

したがって、会社が採用内定を取り消す場合には、いわゆる解雇権濫用法理が適用されると考えられ、一定の場合には内定取消が違法と評価されるケースがあります。

そして、内定取消が違法と評価される場合は、Aさんから労働契約上の権利を有する地位確認請求をされる可能性があります。さらに、会社側に不法行為責任・債務不履行責任が生じ、損害賠償も請求されるリスクが生じます。

採用内定及びその取消しの法的性質

判例[1]においては、求職者からの応募は労働契約の申込みであり、これに対する会社からの採用内定通知は申込みに対する承諾であって、これによって両当事者間に解約権留保付きの労働契約が成立すると考えられています。
そして、労働契約が成立する以上、その後の会社による一方的な採用内定の取消しは解雇に該当し、いわゆる解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用されることになります。

内定取消が解雇権の濫用と判断された場合には、内定取消は無効となり、求職者からの労働契約上の権利を有する地位確認請求が認められる可能性があります。
さらに、違法な内定取消については、不法行為又は債務不履行として損害賠償請求も認められるケースがあります。

採用内定の取消しの適法性判断

採用内定の取消し(解約権の行使)が適法と認められるかどうか、すなわち解雇権の濫用(労働契約法16条)に該当するか否かについては、個別的具体的な事情を総合考慮して判断されます。

一般的に、内定通知書等には、内定取消事由として、①学校を卒業できなかった場合、②健康を著しく害し勤務に堪えられない場合、③履歴書や面談等において虚偽申告があった場合、④犯罪行為又はこれに類する非行を犯した場合、⑤経営状況が著しく悪化した場合などが記載されているケースが多いといえます。

しかしながら、解雇権濫用法理は強行的に適用される規範であるため、記載内容に該当する事実が存在するからといって内定取消が当然に適法となるわけではなく、該当事実を理由に内定を取り消すことの客観的合理性・社会的相当性が要求されます。

例えば、内定者の能力に疑義が生じたとしても、採用内定段階で調査すれば知ることができた事情を理由とすることは認められません。[2]

また、採用内定後に新たに発覚した事実であったとしても確実な証拠に基づくものでなければならないとされています。[3]

さらに、上記⑤のように経営状況の悪化を理由とする内定取消については、いわゆる整理解雇法理が適用され、整理解雇の4要素(人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続の妥当性)を考慮した取扱いが要求されます。[4]

内々定について

いわゆる内々定については、正式な内定通知書の交付等の前に、会社が求職者の採用を事実上決定した時点で採用を決定した旨の口頭での通知を指す場合が多いようです。

この内々定を出した時点で、「解約権留保付労働契約」が成立するか否かについては、個別具体的な事実関係を考慮し判断する必要があります。

例えば、会社側から採用を確信させるような具体的な言動(条件の提示等)があり、他社への就職・転職活動を妨げるような事実上の拘束があるような場合には、労働契約が成立したと解釈される可能性があります。

なお、労働契約が成立したとはいえない事案であっても、その内々定に至る過程で形成された求職者の信頼を損ない、その法的保護に値する利益を侵害したといえる場合には、契約締結過程における信義則違反(契約締結上の過失)や期待権侵害に基づく不法行為を理由に、会社側に損害賠償が課せられる可能性がある点には注意が必要です。

実際に、内々定の時点では(始期付解約権留保付)労働契約が成立したものとは認められないとしつつ、労働契約が確実に締結されるであろうという求職者の期待が法的保護に値する程度に高まっていたとして、会社側の不法行為に基づく損賠賠償責任を認めた裁判例があります。[5]

今回のケースについて

まず、選考過程の結果、Aさんに採用内定通知を出したということであれば、特段の事情がない限り、貴社とAさんとの間で解約権留保付きの労働契約が成立したと評価される可能性が高いものと思われます。

そして、Aさんの前の職場の上司から、Aさんの勤務態度や業績評価が悪かったという情報を得たとしても、一般的には内定取消事由に該当するものではありません。

さらに、前職の上司からの評価は主観的なものであると評価される可能性は高く、円満とは言えない状況での退社であれば、なおさら客観性を失っていると言えます。

したがって、このような理由によって、Aさんに対して一方的に内定を取り消す場合については、違法と評価される可能性があり、不法行為責任や債務不履行責任に基づく損害賠償請求のリスクが存すると言えます。

最後に

最終的には①解約権留保付きの労働契約が成立しているか否か、②内定取消し(解雇)が解雇権濫用法理に照らして違法と評価されるか否かについては、個別具体的な事情によって評価が分かれるところであり、専門的な判断が必要となります。

採用内定(又は内々定)を出したが取り消したいといった場面が生じた場合には、正確なリスク分析のためにも、一度労務の専門家へご相談されることが有意義であると考えられます。


[1] 大日本印刷事件(最二小判昭和54年7月20日民集33巻5号582頁)

[2] 前掲注1

[3] オブトエレクトロニクス事件(東京地判平成16年6月23日労判877号13頁)

[4] インフォミックス事件(東京地決平成9年10月31日労判726号37頁)

[5] コーセーアールイー事件(福岡高判平成23年3月10日労働判例1020号82頁)