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小売電気事業の営業実務に潜むリスクと対応策~電気事業法に基づく説明・書面交付義務の実務整理~

1.      はじめに

 2016年の電力小売全面自由化以降、小売電気事業には新規事業者の参入が進み、2025年7月17日現在計772事業者が小売電気事業者として登録されています。小売電気事業者は営業活動において、電気事業法及び関連ガイドラインに基づく詳細な規律に従うことが求められています。

特に「説明義務」「書面交付義務」については、2024年4月の法令改正を経て、書面の記載形式や表示方法に関する要件がさらに厳格化されており、その不備が電力・ガス取引監視等委員会[1]による指導や公表リスクにつながり得る状況にあります[2]

そこで、本コラムでは、改めて電気事業法上の説明義務および書面交付義務の法的枠組みを整理するとともに、実務上発生しやすい違反類型とその予防策について解説します。

2.   「電力の小売営業に関する指針」[3]

 電力小売全面自由化に伴い様々な事業者が電気事業に参入することを踏まえ、電力の小売営業を行う際に遵守すべき点等について、経済産業省(資源エネルギー庁)が「電力の小売営業に関する指針」(通称「小売ガイドライン」)を公表しており、実務上、重要な指針となっています。

概ね、以下の項目に分類されており、「問題となる行為」と「望ましい行為」が明確に書き分けられています。

①需要家への適切な情報提供

②営業・契約形態の適正化

③契約内容の適正化

④苦情・問合せへの対応の適正化

⑤契約の解除等手続の適正化

特に、「問題となる行為」については、違反状態が生じないよう留意する必要があります。

3.   説明義務・書面交付義務の概要

 まず、説明義務・書面交付義務の概要は以下のとおりです。

(1)  供給条件の説明義務

電気事業法上、小売電気事業者は、需要家と小売供給契約を締結しようとするときは、料金その他の供給条件について、需要家に対し説明しなければならないものとされています[4]

※さらに、当該説明については、需要家の知識、経験及び小売供給契約を締結する目的に照らして、需要家に理解されるために必要な方法及び程度による必要があるものとされています[5]

(2)  契約締結前交付書面の交付義務

次に、上記説明をする際は、需要家に対し、料金その他の供給条件を記載した契約締結前交付書面を交付しなければならないものとされています[6]

契約締結前交付書面は、8ポイント以上の大きさの文字及び数字を用いるものとされ、また、小売供給を受けようとする者の判断に影響を及ぼすこととなる特に重要な事項(例:①小売供給に係る料金・算出方法、②小売供給に係る料金が変更する旨(燃料や電力の取引価格の変更により料金が変動すること等)、③需要家からの申出による小売供給契約の変更もしくは解除等に伴う違約金等)については、枠の中に12ポイント以上の大きさの文字及び数字を用いて、明瞭かつ正確に記載する必要があります[7]

(3)  契約締結後交付書面の交付義務

契約締結前の書面交付に加え、小売電気事業者は、需要家と小売供給契約を締結したときは、遅滞なく、当該小売電気事業者の氏名及び住所、契約年月日、料金その他の供給条件を記載した契約締結後交付書面を交付する必要があるものとされています[8]

4.   実務上注意すべき事例

 以下では、実務上特に注意すべき事例をご説明します。

(1)  電磁的方法による情報提供を行う場合に、事前に需要家の承諾を取得していなかったケース

締結前交付書面や締結後交付書面の交付に代えて、交付書面に記載すべき内容を電磁的方法(電子メール等)によって提供することも認められています。

もっとも、その前提として、当該提供方法を採ることにつき事前に需要家の承諾を取得する必要があります(例えば、初回の申し込み画面において、電磁的方法による情報提供に係る同意取得を行っている例もあります。)。

この点、需要家の明示的な承諾を取得していないにもかかわらず、書面交付に代えて電磁的方法による情報提供を行っていたというケースが存在するため、注意が必要です。

(2)  交付書面の記載事項に漏れがあった又はフォントサイズが法令の要件を満たしていなかったケース

書面交付自体は行っていたものの、記載事項や形式面に不備があったというケースです。

契約締結前交付書面や契約締結後交付書面の記載事項は、電気事業法及び電気事業法施行規則で細かく規定されており、漏れがないよう留意する必要があります(小売ガイドラインp57以下参照)。

上記2(2)で記載のとおり、契約締結前交付書面は、8ポイント以上の大きさの文字及び数字を用いる必要があり、また、小売供給を受けようとする者の判断に影響を及ぼすこととなる特に重要な事項(例:①小売供給に係る料金・算出方法、②小売供給に係る料金が変更する旨(燃料や電力の取引価格の変更により料金が変動すること等)、③需要家からの申出による小売供給契約の変更もしくは解除等に伴う違約金等)については、枠の中に12ポイント以上の大きさの文字及び数字を用いて、明瞭かつ正確に記載する必要があります。

こちらのフォントサイズの要件は、2024年4月の電気事業法施行規則の改正により設けられた要件であり、従前の交付書面のフォームをそのまま用いていたことから対応ができていなかったというケースも存在します。

(3)  小売供給契約の変更時や約款の改定時に、説明義務及び書面交付義務を履行していなかったケース

小売電気事業者は既に締結されている小売供給契約を変更する場合においても、当該小売供給に係る料金その他の供給条件について、需要家に説明するとともに、書面交付も行わなければならないのが原則です[9](なお、需要家の承諾を取得した上で説明事項の一部を省略することは認められています。)。

契約締結時には書面交付等を行っていたものの、契約変更時・約款改定時に説明義務・書面交付をしていなかったというケースもみられるため、注意が必要です。

5.   対応策

 上述のとおり、説明義務・書面交付義務については、電気事業法、同法施行規則及び小売ガイドラインにより、説明事項や書面の記載事項(形式)が細かく規定されており、改正もなされているところです。

これらの義務を確実に履行するためには、以下のような社内体制の整備・運用が肝要です。これらの体制整備は、単なる法令遵守にとどまらず、需要家との信頼関係の構築、営業部門のリスク管理、ひいては行政対応における信頼性確保にも資する取組といえます。

  • 書面フォーマットや営業資料の一元管理体制の整備
     約款、契約申込書、契約締結前・締結後交付書面等のテンプレートを一元的に管理し、法令改正等に応じて適宜更新される体制を構築する必要があります。
  • 営業担当者及び代理店向けの教育・研修の実施
     説明義務・書面交付義務に関する規制内容や実務対応について、営業担当者や取次業者等に対して継続的に教育・研修を行うことが必要です。特に外部業者に営業を委託している場合には、必要な知識の周知徹底が重要です。
  • 説明実務に関する内部監査・モニタリングの実施
     実際の営業プロセスにおいて説明義務や交付義務が適切に履行されているかどうかを点検・記録する体制を整備し、定期的に実態を把握・改善する仕組みを導入することが有用です。
  • 代理店等との業務委託契約の見直し
     代理店・取次業者等を活用する場合には、当該業者に対し電気事業法及び小売ガイドラインの遵守を契約上明示し、遵守状況に問題がある場合の是正措置・契約解除条項を整備することが実務上有用です。

Further contact:

Shunya Suzuki
弁護士 鈴木 駿弥

T: +813-6831-9284
E: shunya.suzuki@mps-legal.com


[1] https://www.egc.meti.go.jp/

[2] https://www.egc.meti.go.jp/info/public/news/20201124001.html

[3] https://www.meti.go.jp/press/2024/03/20250331007/20250331007-1.pdf

[4] 電気事業法第2条の13第1項

[5] 電気事業法施行規則第3条の12第6項

[6] 電気事業法第2条の13第2項及び第3項

[7] 電気事業法施行規則第3条の12第13項

[8] 電気事業法第2条の14

[9] 電気事業法第2条の13第1項、同法施行規則3条の12第1項及び第4項。